ごきげんよう!きいです。
ずっとずっと前の話です。
あるところにお住まいのがん末期の利用者様が、入院先の病院から「家に帰りたい」と強く望んでいらっしゃいました。
しかし、奥様は認知症。お子様はお二人いらっしゃいましたが、それぞれに家庭と仕事がありました。
病院の関係者は全員が「在宅療養は無理だろう」と考えていたそうです。
90歳近い本人も、認知機能の低下がみられ、ナースコールが頻回。頑固さにも磨きがかかっていました。
お子さんは面会に来ない。
奥様は面会に来ても、夫の部屋と間違えて違う部屋へ入って行ってしまいます。
オムツ交換の方法も指導されたそうですが、何度やっても覚えることができません。
できないと混乱し、大きな声で怒り出すこともあったそうです。
しかし、本人は「家へ帰りたい」を繰り返し、奥さんは「夫が望んでいるならそれに従います。」 お子さん方は電話口で「両親がそう言うなら仕方がありません」。
病院の関係者は「本人・家族全員が望んでいるのを止めることはできない」と、自宅への退院が決まりました。退院当日に戻ってくることもあるかもしれない。遅くても1週間以内には再入院になるだろう、と予測をしベッドを空けて待っているという状況での退院になりました。
だけど、この奥様。立派に自宅でご主人をお看取りされました。
「遅くても1週間以内には再入院になるだろう」と言われたけれど。
週に1回の訪問診療と、週3回の訪問看護。ヘルパーが毎日支援して。お子さん方も介護はあまり参加しなかったけれど、時々顔を覗きにきたり、本人の大好物を差し入れしたり。
ケアマネジャーも足しげくお二人のもとへ通い、現状把握に努めました。
その結果、約2か月の間、自宅で介護を継続することができました。
「なぜ、あの奥さんに自宅でのお看取りができたのか?」
病院の皆さんは、不思議がりました。
「できないこと」ではなく「できること」
この奥様にできたこと、それは…。
・ご主人や支援者の言うことを聞き、行動することができた(ケンカしながらだけど)。
・夫を大切に思い、自分が介護をするしかないという自覚があった(時々愛ある悪口も言っていたけれど)。
・困った時には誰かに助けてもらおうという気持ちがあった(夜中に何度も電話がかかって来たけれど)。
それ以外には、介護を継続するための資金がありました(実はこれ、すごく大事!)。
だから、日々の生活をヘルパーの支援を受けながら送ることができました。
病状の変化があった時には、利用者様本人が「看護師さんを呼んでくれ」と声を掛け、奥様が電話で看護師へ連絡。連係プレーができました。
痛み止めの内服が指示通りではなくても。
肺炎の症状がある中、食事や大好きな飲み物を本人が望むだけ与えてしまうことも。
「二人が良ければ」と訪問診療医も見守りました。
介護する奥様、それを受ける利用者様。
その姿はまさに「仲良し夫婦」でした。
最期は、「大好きな栄養ドリンクを嘔吐し、その後息をしなくなった」と奥様が電話を下さいました。
そんな介護、そんな看取りができるのも、在宅の良さなのかもしれません。