顎がはずれたら?

介護の現実

今回も私が経験したケースです。

 娘様の介護を受けながら在宅療養を送っていたSさん。90代の女性です。
寝たり起きたりの生活で、お食事は娘様が作るお粥と軟らかく煮たおかず。
入院生活中に入れ歯が合わなくなり、緩くカパカパになってしまったのを「歯医者さんには通えないから。自前の歯もないから虫歯になる訳じゃないし。食事を柔らかいものにすれば食べられるから」と、義歯も着けたり外したりでした。

 義歯は食べるためだけではなく、発語にも発声にも唾液の嚥下にも大切な役割を果たします。
歯が1本無いだけで「さしすせそ」が「しゃししゅしぇしょ」になってしまうのは皆さんもご存知だと思います。
 Sさんはベッドに横たわりながら、私に話しかけて下さいます。
「きいしゃん、わたしのちゅめきりは、おとうしゃんのふとんのしょばのたなのひきだしゅいのなかにはいっていましゅから…」

 私はいつも、Sさんの言葉を懸命に受け取ろうと身構えるのですが…。
Sさんの言葉はいつもどこか遠い国の言葉のよう(笑)。会話をするのにかなりのエネルギーを必要としました。

 そんなある週末の夕方、Sさんの娘様から電話がありました。
「母なんですけど…。夕食を食べるために、入れ歯を着けようと思って口を開けさせたら…」
「開けさせたら?」
「顎が外れちゃったみたいなんです。口が閉じられなくって、痛がっているんです」
「…」

 なぜこういうトラブルって、週末に起きるんでしょうね…。

「どこか、診て頂ける先生を探しましょう」

 とりあえず、私は義歯を作った歯医者さんはどこかと確認しました。
何年も通院していない歯医者さん。古い診察券を探し出して頂き、連絡先へダメモトで電話をしてみました。しかし、土曜日の夕方は診療時間ではなく、電話自体がつながりませんでした。

 どこか24時間365日で診察している歯科・口腔外科は?

 そんな時、娘様が「今日は夫の帰りが遅いんです。車で来いと言われても、連れていけません。どこかに来てくれる歯医者さんはありませんか?」

 最近は訪問専門の歯科診療もあります。

ですが…。契約もしていない急患を、土曜日の夕方に診に来て下さる歯医者さん…。

いないよね…。

そして、訪問歯科の連絡先へ電話で問い合わせしてみましたが。

全部「ごめんなさい」「必要なら、週明けに契約の相談を…」でした。

ですよね…。

 とりあえず持病を診て下さっている、(歯ではなく身体の)訪問診療の先生に状況を報告。Sさんが食事も内服もできない状況に陥っているとお伝えしました。
Sさんはてんかんの持病があったのです。

「先生…。外れたアゴ、はめられませんか?」

「ゴメン…。お役に立てなくて…」

 …と言う事で…

 次に、夜間救急診療の歯科へ相談をしてみました。

すると歯科治療のみが対象で、アゴは違うとのこと…(涙)。

 ですが、ありがたい事に「遠方になるかもしれませんが、某歯科大学付属病院の救急外来に連絡してみてはいかがですか?」とアドバイスを頂きました。

なるほど!それなら診てもらえそうです!

ところがここまで来て、今度は娘様が…。

「夫は疲れて帰って来るのに、母を遠方の病院へ連れて行かせるなんて…。母はじっとしていれば痛まないみたい。今夜は大丈夫。明日歯科大学付属病院へ自分で連絡します。明日夫に連れて行ってもらいます」と言い出しました。

「・・・」(えええ~?:心の声)

日頃から自分の両親を同居で介護することを、ご主人に対して申し訳ないと思っていた娘様。
介護タクシーも普段使うことが無く、ましてや救急車なんて…と。

 先程連絡をした、身体の主治医の先生に再度連絡をして、ご本人の様子と娘様のお気持ちを報告しました。
「仕方ないよね…」とのコメントでした(涙)
食事と内服は「今夜はスキップ」となりました。

 そして翌日。
娘様夫婦の付き添いで、某歯科大学付属病院の救急外来を受診されたSさん。
外れてしまったアゴは…。

完全には整復できませんでした。

その後暫くバンドで顎を固定し、経管栄養となったSさん。

「顎が外れた」を甘く見てはいけない。本当にそう思いました。

結論:顎が外れたら、なんとしてでも速やかに受診して整復してもらうこと。
週末の夜間で受け入れ先がない場合には、歯科大学病院の救急外来へ相談。
状況により日頃から訪問歯科診療のお世話になることも必要。

                            以上、きいでした。

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