落下した背広

在宅介護

 ごきげんよう。きいです。

 いろいろな事象と事象を重ねては、縁起が良いとか悪いとか。
今日は、掛けておいた背広が落下したことに大切な方との別れを感じた男性の話です。

優しいお義母様

 その方は利用者様の娘婿様。

 「いつ呼吸が止まってもおかしくない」と言われている義母のために、早朝にもかかわらず県外から駆け付けており、30分ほど滞在したら東京へ出社しなくてはいけないという状況です。

 それでも「あと何回、顔を見られるか分からないから」と会いに来た優しさと、そこまでさせる利用者様本人との関係性。
きっと優しくて素敵なお義母様だったんだろうと推察します。

 実はこの方。訪問看護が導入になったのは病院を退院した当日からなのですが、その時すでに「移動の車中で何かあってもおかしくない」と言われる状況でした。
 そのため、利用者様と会話ができる状態ではなく、声掛けに対して何とか頷きと「はい」という返事が頂けるという状況だったのです。

 それでもご家族様の本人への接し方や声掛けの仕方。
「母は〇〇が好きだったので、きっと喜んでくれていると思います」という様な、よく理解しているからこそできる推察。
そんなことから、ご家族とはとてもいい関係性だったんだな、と言う事がわかりました。
そんな中の娘婿様のご様子が、さらにご本人との良い関係性を物語っていました。

背広が降って来た

 この方のご自宅を訪問し、手を洗わせて頂くために訪問バックを置いた瞬間。
バサッと頭上から、男性用の背広が落下してきたのです。
どこから落下してきたのかがわからず、勝手に何処かに掛けても良いのかも分からず、「スーツが落ちて来たのですが、どこにお掛けすれば良いでしょうか?」というようなことを娘様へ聞きました。

 その背広は娘婿様のもの。
「スーツは落としたのか、それとも自然に落ちたのか」を聞かれました。
「荷物を置いたときに上から降って来た」という感じでした。もしかしたら、気が付かず当たってしまったのかもしれません、とお詫びをしましたが…。
娘様と娘婿様は顔を見合わせて「落ちて来たんだね」と。
「今日か…」「今日はできるだけ早く仕事から帰ってくるから」と娘婿様。
 利用者様は血圧が50台に下がっています。本当に今日でもおかしくない状況でした。

 東京の会社に向かう時には、利用者様の頭を2回撫で「行ってくるね。すぐに帰ってくるからね」と声を掛けられました。
 その瞬間、私達二人の看護師はベッド上での洗髪の準備をしていたのですが、なんだかその触れた髪を洗ってしまって良いものか?と感じてしまって。

 娘婿様へこのまま髪を洗わせて頂いても良いですか?と確認しました。
「どうぞどうぞ。洗ってあげて下さい!何日もシャンプーしていないはずなんです。本人も喜びますから洗ってあげてください」と仰り、そのまま出社されました。

 この利用者様が永眠されたのは、翌朝のことでした。
待機のスタッフからは、たくさんのご家族が見守る中眠るように息を引き取られたと聞きました。
「ああ、あの娘婿様。退社後もう一度利用者様と顔を合わせることができ、息を引き取る瞬間も見守ることができたんだな…」と感じました。

 そんな亡くなり方ができるなんて…。本当にうらやましいと思いました。
私もそうなれるように、今から人に優しくしなくては!
そう思いました。

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