「この人、徘徊老人なんです。」

介護の現実

 ごきげんよう!きいです。

 ここの所、一人歩き(徘徊)の話が続いていて、申し訳ありません。

まだお伝えしたいことがあるのです。もう少しだけお付き合いいただけると幸いなのですが…。

徘徊シリーズの第5弾。 今回は、一人歩き(徘徊)してしまった・させてしまった家族の気持ちについてです…。

バイクを追いかけて

 「この人、徘徊老人なんです。」

この言葉。まりぃさんが最後に一人歩きをした時に、警察へ通報してくれたピザ屋の定員さんが、私に言った言葉なんです。

だけど、その「徘徊老人」と呼ばれたのは、私の母なんです。

すみません、徘徊させてしまって。

そんな気持ちになってしまう言葉でした。

 この時のまりぃさんの一人歩きは、デイサービスから帰宅した後に発生しました。

自分でベビーゲートを開いて自転車の鍵を引っ張って、生じた隙間からすり抜けて出かけてしまったのです。

私が仕事を終えて帰宅したら、デイサービスの荷物は残っていて、洗濯物は取り込まれていて、おやつ入れの中の飴ちゃんは無くなっていて…そしてまりぃさんはいなくなっていた。

 またまた、私は家の周りを走り回ることに。

そして、今回もあっという間にまりぃさんは見つかったのでした。

巡査さんが乗る二台のバイクが連れ立って、すぐ近所のピザ屋さんの前に停まるのが見えたから。

ピザ屋さんに巡査さん?

駆けつけて中を覗き込むと、まりぃさんがお店のカウンターの中の定員さんと何やら会話をしているのが見えました。

私の方が二人の巡査さんより先に、ピザ屋さんへ入るタイミングになりました。

すると、カウンターの外にいた若いお兄さんが言いました。

「すみません。この人、徘徊老人なんです。」

おそらく私のことを、ピザを買いに来たお客さんだと思ったのでしょう。

「すみません。この人、私の母なんです。」

私はそう言いました。

その直後に巡査さんが入ってきて、「この方が通報を頂いた…」

母と一緒にいる私を見て「あなたは?」と聞かれました。

私は「すみません。この人、私の母なんです。」と繰り返しました。

結局、警察に保護される前に、家族により保護されたという形となったために、調書などは作成されないことになりました。

「お騒がせしてすみませんでした…」と謝罪をし、まりぃさんの手を引いて店を後にしました。

とてもピザを買って帰る気持ちにはなれませんでした。

まりぃさんはまた、ケガもなく無事に帰宅することができました。

でも「良かった」とはとても言えません。

ベビーゲートをすり抜けてしまうなんて。次はどうすればいいのだろう?

そう考えている間も「この人、徘徊老人なんです。」という言葉だけが頭から離れませんでした。

ピザ屋の店員さんにとっては…。

ピザ屋の店員さんにとっては…。

高齢女性が店に入ってきて「私の家はどこでしょう?」とか「方向音痴で迷子になりました」とか言いだして。これは徘徊老人だと判断して、警察へ連絡した。

その到着を待っていたらそこへお客さんが来たものだから、何事かと思われちゃいけないと思って「すいません。この人、徘徊老人なんです。」と言った。

そうしたら、そのお客さんだと思った人はその徘徊老人の家族だった。

警察の人も来たけれど、結局迎えに来た家族の元に、徘徊老人は帰ることができた。

以上。

そんな感じだったのかな…と思うのです。

ね。誰も悪くない。悪気もない。私一人が、その言葉にチクッとしたものを感じちゃっただけ。

ただそれだけ。

「家族はちゃんとみていたの?」

 認知症の方が家から出て帰れなくなる、事故に巻き込まれる、転倒やケガをして医療機関へ搬送される。それが起こった時に、「家族はちゃんとみていたの?」と思う方々もいらっしゃるかもしれません。

 ですが、家族は何もせず、ただみている訳ではないと思うのです。

どうすれば一人歩きを防げるかを考えて、考えて…。あの手この手で防衛策を講じたのに、それがたまたま上手くいかなかった。

常に注意をしていたのに、少しの隙が生まれた瞬間に出かけられてしまった。

いろいろな不運が重なった時に、認知症の方は出かけてしまうのだと思います。

 私は認知症家族の方へ「ちゃんと見ていなかったの?」なんて、とても言えません。

私自身もあの手この手を講じた一人ですし、家を出たまりぃさんを探していた時の気持ちは不安と申し訳なさで一杯でした。

家族にとっても、一人歩きは辛く悲しい事なのです。

 本当に不運だった。いつも気をつけていたのに。本当にたまたま。その時に限って…。

平気なはずはない…ですよね。

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