私達に何ができるのか

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 ごきげんよう!きいです。

 いろいろな相談や調査について、薬害肝炎弁護団のF先生のサポートを頂くことに決めたえい君と私。

 父は特養で、寝てるか車椅子か…という生活で、この頃には「後は二人に任せた…」という雰囲気が漂い始めていました。

 まりぃさんに至っては「私は良くわからないから…」と話し合いにも参加せず。
声を掛けても「疲れた」を連発していました。
 ひょっとしたら、この頃がまりいさんの認知症発症の時期だったのかも知れないなぁ…と、今この記事を書きながら感じています。

 だけどこの時は、まったくそんなことは考えることなく…。
「もう。自分たちのことなのに、なんで子供の私達が動かないといけないのさ…」と内心ブツブツつぶやいていた私でした。
 自分の仕事と家族との生活、中学生と小学生の子供の世話もありました。

今のように「年を重ねることが、それだけでどんなに大変なことなのか」なんて、まったく考えていない頃でした。


 えい君はえい君で、仕事をしながらも「拡張型心筋症」の診断を受けた後。体調が良いとは言えなかったころだったと思います。顔を合わせるたびに、体調はどうか?横になって眠れているか?を確認していました。


 まあ、それでもやるしかないので。

 弁護士のF先生から頂いた、「病院にカルテが残っていなくても、他に何かが残っている可能性があります」という言葉から、父が肝硬変となり劇症肝炎を発症して救急搬送されたT大学付属病院のカルテに何か情報が残っていないかと考えました。

 そして、T大学付属病院へカルテ開示を求めることになりました。

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