兄の葬儀

介護の現実

 ごきげんよう。きいです。

兄の葬儀は家族と近くに住む従姉たちだけで行いました。

まりぃさんは除いて。

まりぃさんには、兄が亡くなったことも知らせていません。

これから知らせるつもりもありません。

葬儀のために

退院翌日、Gさんがマンションまで足を運んで下さり、いろいろ打ち合わせをしました。

葬儀の規模

祭壇の飾り方

装飾品の選択

会食の内容

香典返しの内容

遺影に使う写真は決まっているか?

葬儀のBGMに使いたい曲があるか

等々…

 すぐに決められなくても、それぞれの期日までにGさんへ連絡すれば大丈夫です。

僧侶はうちのお墓があるお寺へお願いしました。

その連絡・手配はGさんがして下さいました。

父の葬儀の時の情報(宗派やお寺について、どんな葬儀だったか等)が残っていたので、とても助かりました。

 代々のお墓は関西にあるのですが、親戚と相談して父のお墓は私達兄妹が住む県内に購入していました。

そこへ父に続いて、母を飛び越して兄が入ることになりました。

 私は職場へ、家族だけで葬儀を執り行う事を伝えていました。

葬儀の案内を所長のLINEへ画像送信。

忌引きを頂くためです。

 訪問診療医のY先生とのんさん、そして職場である訪問看護ステーションへの、兄が亡くなった事実と死亡確認の時間を報告は、その日のうちにしていました。

病院の帰り道〝ようやくたどり着いたファミリーレストラン〟の駐車場から連絡しました。

 親戚への連絡は帰宅してから、ゆっくりと行いました。

報告だけではなく、葬儀の相談もあったからです。

報告、相談だけでもかなりの時間を要しました。

 親戚の最年長である、叔父は関西に住んでいます。

 「自分のことがやっとなので、葬儀は欠席させて頂くよ。今のご時世だし、家族だけで良いんじゃないか」と言って下さいました。

私が喪主を務めることもあり、少人数の葬儀で良いと言って頂けたことは、ありがたいことでした。

家族と、近くに住む従姉たちだけの葬儀でしたが、Gさんは「今の葬儀の殆どが、参列者10人以下ですよ」と教えて下さいました。

今は葬儀の参列者の人数が少なくても「寂しいお葬式」とは言わないそうです。

 兄は自分の葬儀について、「自分には分からないから好きにしていいよ」と丸投げでした(笑)

仕事でお世話になった方、かつてのチームメイトへの連絡はしなくていいと言われました。

「年賀状が届いているうちは、生きているから」

そう言っていたそうです。

「年賀状が届かなくなったら、分かるから」

…それで良いのだそうです。

葬儀

 兄はお棺の中で横たわっていましたが「若かったな」というのが第一印象。

 白装束は着るのではなく、病院を退院した時に来た赤いユニフォームの上から掛けていました。

 病院でエンゼルケアをして下さったスタッフさんも、葬儀屋さんも、Gさんも、みんなが「それが良い」と言って下さいました。

 棺の中には、愛読書のベストカーと写真や手紙、兄の好きだったタバコを入れました。

紙類など燃えやすいものは持たせて大丈夫なんですって。

 BGMには、中島み〇きさんの曲を流していただきました。

兄が入院中に見ることができなかったDVDの代わりに。

 兄は両手に抱えられるくらい小さくなってしまいました。

 しばらくは私の家に滞在します。

 ようやくゆっくり、何の心配もなく一緒にいることができます。

 これから各種手続きと、兄のアパートの片付けをしないと。

 やることが一杯です。

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